ドレスコーズ・志磨遼平に改めて惚れた話

志磨遼平によるソロプロジェクト・ドレスコーズが2021年6月にアルバム『バイエル』をリリースし、それを引っさげて全国6箇所で《バイエル(変奏)》ツアーをおこなった。私は本ツアーでドレスコーズのライブに初めて足を運び、すっかり志磨遼平という男に惚れ直してしまった。

私が志磨遼平を知ったのはたぶん2011年、YouTubeでなにかおもしろそうなバンドはいないかとあれこれ検索していた時期だ。当時の日本のバンドシーンが具体的にどのようなものだったか私はぜんぜん詳しくないが、どのバンドの映像を見てもあまりピンと来なかった。音楽的にどうこうというより、バンドの佇まいとかルックスとかがつまらないと感じていた。

私が求めていたのはスター性を感じるバンドだ。が、そういうバンドはなかなか見つからない。なんかみんなそのへんの大学生の兄ちゃんに見えた。いろいろなミュージックビデオを見るたびに、「安っぽい服を着るな!」「目を前髪で隠すな!」とばかり思っていた。

バンドの顔はなんといってもボーカリストである。とにかくフロントマンにスター性を感じられるバンドを私は探していた。当時の私がボーカリストに求めていた条件は、

1.見た目に華があること

2.楽器を持っていないこと

3.目を前髪で隠していないこと

だった。

1と2は実は関係していて、私は楽器を持っているボーカリストにはスター性を感じられない。楽器を持たず、みずからの身体でパフォーマンスをするボーカリストにこそスター性を感じる。華というのは楽器ではなく身体に宿るものなのだ、たぶん。3については、あまりに前髪の長いバンドマンが多すぎてうんざりしていたせいである。

そうやってYouTubeの海をさまよっていたところ、私は志磨遼平がボーカリストを務めるバンド、毛皮のマリーズの「恋をこえろ」という曲のミュージックビデオに出くわしたのだった。

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単純に「いいじゃん」と思った。安っぽい服を着ているし、志磨遼平の目は前髪で見なかったけど、まあそれも別にいいやと思えた。華があって、ユーモアがある。そして志磨のパフォーマンスにはタダモノではないものを感じる。

私はYouTubeにアップされている毛皮のマリーズのミュージックビデオをいくつかチェックしていった。「LOVE DOGS」「REBEL SONG」「ボニーとクライドは今夜も夢中」「ビューティフル」……見れば見るほどおもしろいバンドだという確信は深まっていったし、志磨遼平のロックスターぶりには惚れ惚れした。

だからといってすぐに熱心なファンになったというわけではないのだが、その後たまたまTSUTAYAに寄ったときに、当時の彼らの最新アルバム『ティン・パン・アレイ』をレンタルした。このアルバムは今でも超のつく名盤だと思っている。最高にロマンチックで最高に美しいアルバムだ。

いいじゃん、毛皮のマリーズ。いつかもっともっとバカみたいに売れて、志磨遼平には日本を代表するロックスターとしてシーンに君臨してほしい。私はそんな夢想を抱いた。

ところがその年の9月、毛皮のマリーズはアルバム『THE END』の発売とともに解散を発表。12月に日本武道館でラストライブをおこない、バンドは解散した。私はまだ熱烈なファンではなかったから、解散は残念だったけどショックで落ちこむというほどではなかった。

志磨遼平は翌2012年に早くも新しいバンド、ドレスコーズを発足させて2度目のメジャーデビュー。毛皮のマリーズの解散を惜しむ気持ちもそこそこに、とりえあず彼の音楽を聴きつづけられることに私は安堵した。2014年に志磨以外のメンバー3人が脱退したときにはさすがに「なんでやねん!」と思ったものだが、ここにいたってもまだ緩いファンでしかなかったので、「まあ、そうなっちゃったか」くらいの気持ちだった。その後も時々活動の状況を気にしつつ、数年前にSpotifyに加入してからは、2日1回は毛皮のマリーズおよびドレスコーズの曲を聴く、という程度のファンをゆるゆると続けてきた。

で、2021年の4月である。アルバム『バイエル』を引っさげてのツアーが発表されたとき、ドレスコーズのライブに初めて行こうと私は思った。いちばんの理由は、前年に引っ越しをして、ドレスコーズのライブが開催されるような都会に行きやすくなったからである。無事にチケットを取り、『バイエル』をSpotifyで聴きこんで私はライブに備えた。

迎えた6月某日、大事を取りすぎて開場の1時間以上前に現地に到着し、何を買えばいいのかわからないままグッズ売り場をうろちょろし、悩みに悩んでTシャツとタオルを買ったあと、ようやく私は会場に足を踏み入れた。腰をおろした座席からステージまでは10メートルほどだっただろうか。やばい、近い、と私は緊張した。

そして始まったライブ。冒頭から9曲目までは『バイエル』収録曲が収録順のとおりに演奏されていった。

このなかでは「不良になる」がとくに好きで、これを歌う志磨遼平の表情や所作もめちゃくちゃかっこよかった。アルバム『オーディション』収録の「おわりに」も、コロナ渦にマッチした選曲で(もともとはSNS(というかTwitter)がテーマの曲だが)、「ぼくたちの なう」と繰り返し歌うサビにはこみ上げてくるものがあった。

と、こんなふうに1曲ずつ感想を書き出せばキリがないので省くが、コロナ渦で声が出せないかわりに全力で拍手をしまくって手のひらが痛くなったし、途中で目から涙が出てきたのはステージの照明がまぶしすぎたせいではたぶんなかった。曲や歌や演奏がよかったのはもちろんだけど、ロックスター・志磨遼平が目の前にいるという事実にめまいがしそうなほど感動してしまった。

しかもアンコール1曲目には、毛皮のマリーズの曲のなかでもいちばんといっていいくらい好きな「星の王子さま(バイオリンのための)」(ずっと愛聴してきた『ティン・パン・アレイ』の収録曲。このツアーでは(バイオリンのための)ではなく(チェロのための)だった)をやってくれて感無量。その次のラストナンバー「ピーター・アイヴァース」の歌詞に出てくるとおり、「ああ これで死んだっていいような」という心境だった。

その夜帰宅した私は、すぐに『バイエル』の初回盤CDをAmazonで購入し、ドレスコーズの有料Webマガジン「ドレスコーズマガジン」の購読を開始してバックナンバーを読み漁り、これまでに発売された毛皮のマリーズドレスコーズのCDやDVDやBlu-rayをすべて集めるための算段を立てはじめた。

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毛皮のマリーズを知ってから10年、私はようやく志磨遼平の本当のファンになる、その第一歩を踏みだした気分なのである。いまはドレスコーズについて考えている時間がいちばん楽しい。幸せだ。

そしていまの私にはひとつの思いが去来している。それは毛皮のマリーズに出会ったころに抱いた夢想、「いつかもっともっとバカみたいに売れて、志磨遼平には日本を代表するロックスターとしてシーンに君臨してほしい」という思いだ。

いや、まあ、実際には志磨遼平がずっと音楽を続けていてくれれば、私にとってのロックスターでありつづけてくれればそれでいいし、売れているかどうかなんてどうでもいいことではある。バカみたいに売れてほしいと本気で願っているわけでもない。

しかし、志磨遼平という男のすばらしい才能を知っている人間が、いまの10倍とは言わなくても、2~3倍くらいにはなってほしいという気持ちがある。いわゆる「音楽好き」を自称して幅広く聴いている人たちにも、まだまだドレスコーズの魅力が伝わりきっていないのではないかと思うのだ。それと、「毛皮のマリーズはよかったけど、ドレスコーズはちょっと……」みたいに思っている人に(ネットでたまに見かける)、「ドレスコーズのすごさを知れ!とりあえず『平凡』と『ジャズ』を聴け!」と言いたい気持ちもある(聴いてもわからないならしかたないが)。

なんにせよ、いまよりもう少しだけでいいので、志磨遼平がロックスターとしてワーキャー言われる世の中になってほしい。それが彼には似合うと思うからだ。

というわけで、もっと世に知られるべきドレスコーズの最新の名曲を貼って、この記事を終わりとする。

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